享保元年(1716年)創業 比叡山延暦寺ご用達 本家手打つるき蕎麦

2025/12/12 21:33

手打蕎麦鶴㐂(本家鶴喜そば)の乾麺に関して

手打蕎麦鶴㐂(本家鶴喜そば)の基本は、会長がそうであったように、社長である九代目の私も、そして10代目の手打蕎麦職人も、まずは享保元年からある手打台の場所で手打の技を覚えます。そして作り手の自らが、慣れない接客をしてでも、毎日お客様の声を必ず現場で直接聞き、店や店の商品に反映させ続ける事です。

 

手打蕎麦職人の人手不足ですが、それでも手打ちは続けて行きたく、庭の掃除、お客様への土産の配送等は社長である私が店頭業務が終わってから包装を自ら夜にしたりして手打ち業に支障が出ないようにもして、続けてきました。

 

今回6年掛けた乾麺、つゆ、包装、手提げ袋など、物作りのきっかけは沢山ありまして、以下の様なお客様からの意見でした。   

 

「歩くのも大変になった高齢の両親が坂本でまだ暮らしているが自分達は東京。忙しくやっと帰省は出来たが高齢の両親が迎える大晦日は1ヶ月後。大事な親に通い続けていた鶴喜の蕎麦を今日手土産で何とか渡したい」

 

「大晦日の大雪で危険が伴ったので都合のいい日に焦らず事前に用意出来るそばが欲しい」

 

「毎日店に来ていたご本人様は90歳を過ぎ、家から出れず一人暮らしでもあるため、代わりに来店した者ですが、一人でも簡単に調理できる乾麺のまとめ買いを鶴喜さんで、と頼まれた。ご本人は、ここで300年続くかえしを使った鶴喜の甘目のつゆで食べたいそうです」

 

「引っ越してしまい店に行けなくなったのでそばを送って欲しい」等など。

 

しかし、どのご意見にも当店の手打ちのそばのお渡しは、日をまたぐためお渡しできませんでした。皆様、家からさっと出かけられない方々をとても大切にされていて、お渡し後の簡単な調理も希望される意見が多く、そうなってくると本気の乾麺づくりに、、、と、コロナ禍の時から何回もの試行錯誤が始まりました。まず今後も守っていかないといけない「屋号にもある手打」の文字をラッピングに使いたく、書いてもらうには滋賀県の書家の秀蓮先生しかいない、まずは先生に当家先代達の仏壇の前で般若心経後に300年口伝で伝わってきたお話しから聞いてもらい、ここで起こった300年の先代の方々が頑張ってこられた苦労の歴史を手打の二文字に込めてほしい、そんな事から始まりました。

 

江戸時代享保元年からずっとここの蕎麦打ち台で繋がれてきた手打の技が310年目を迎えられるのはお客様が意見(智恵)を長きにわたり下さったお陰で手打の技と店が残っております。延暦寺御用達であるが故、皇室の御用達もさせて頂けたご縁の手打ちの蕎麦と309年ここで繋がれてきた壺の中の甘いかえしの再現が大事である事と、大切な方へのおもたせでもある事から化粧箱や手提げに掲げるメッセージにも六年間ずっと試行錯誤し、今回やっと逸品の乾麺の登場です。

 

江戸時代の蕎麦の継承をしているため二八蕎麦ですので、蕎麦の八割は勿論、二割の小麦も、国内製造だけではなく更には国産とし、生粋の国産に強く拘りました。勿論、茹でた湯は透明でないので蕎麦湯としてご利用いただけます             

 

 

********三百十年手打ち鶴屋の喜八そば**********

創業者鶴屋喜八の名の如くこの喜びを末広がりに

幸せなご縁が蕎麦のように長く続きますように

当店のみでのネット販売ですのでHPからご注文頂けます

https://www.teuchi-tsurukisoba.co.jp/